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小松基地(石川県) [航空自衛隊]

中部航空方面隊 小松基地
航空自衛隊の小松基地を小松空港を離陸中の旅客機内から撮影。小松空港は滑走路を自衛隊と民間で共用しており、空港から戦闘機の訓練が視察できる。基地の航空祭は例年9月中旬。

小松基地には第6航空団飛行群が所属し、第303飛行隊と第306飛行隊がF-15J戦闘機を運用している。

基地に整列している第306飛行隊のF-15J、日本における「トップガン」部隊。
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着陸滑走中のF-15J、第303飛行隊所属機。飛行隊の識別は尾翼の部隊マーク。
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第303飛行隊の部隊マークは「ドラゴン」、第306飛行隊は「イヌワシ」。

着陸滑走中のF-15Jと基地にはC-130輸送機。C-130輸送機は独特のノーズで識別。
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滑走路から基地に戻るF-15Jの後ろ姿、ヒヨコのようで可愛らしい。飛行機は鳥だと実感。
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小松基地付近地図


(2009年11月下旬 撮影機材 Nikon D80)
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浜松基地広報館「エアーパーク」(静岡県) [航空自衛隊]

浜松基地広報館「エアーパーク」
航空自衛隊の広報館である「エアーパーク」、静岡県の浜松基地に開設されている。航空自衛隊に関する資料の展示、業務の紹介、航空機の展示等がなされており無料で入館できる。飛行機や自衛隊に興味があるなら終日楽しめる。

入り口にはF-86Fが飛行状態で展示。
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ブルーインパルス仕様機である。

F-86F、愛称はセイバー(Sabre)、サーベルを意味するらしい。米ノースアメリカン社製、第一世代の亜音速ジェット戦闘機で航空自衛隊発足時の主力戦闘機である。当初は米軍からの供与で配備、その後は三菱重工によるライセンス生産、1955年から1961年までに480機が配備された。

ブルーインパルスの初代機体で、昭和39年(1964年)東京オリンピックの開会式で大空に五色の五輪マークを描いている。(開会式には行ってないので、みた記憶はない。記憶のあるF-86Fは映画の中で「ゴジラ」と戦っていた・・)

この他にも広報館の格納庫には退役した航空自衛隊の戦闘機が展示されている。

F-104J戦闘機、愛称はスターファイター(Starfighter)。
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F-86Dの後継機として1962年から1967年までに210機が導入、米ロッキード社製だが三菱重工にてライセンス生産された。第二世代のジェット戦闘機。

T-2高等練習機。
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国産初の超音速高等練習機として三菱重工で開発された。1975年から1998年までに96機が導入された。
展示機はブルーインパルス仕様機。

F-1支援戦闘機。
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T-2高等練習機を単座化して全天候攻撃・航法システムを追加した戦闘機、1977年から1987年までに77機が導入された。三菱重工製、第三世代のジェット戦闘機。

F-104J戦闘機、F-1戦闘機、T-2高等練習機は操縦席に座ることができる。デブには狭いですよ・・。

旧日本海軍の零式艦上戦闘機も飛行状態で展示されている。
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零戦52型甲、尾翼記号は「43-188」、第343海軍航空隊の通称「隼部隊」所属機。

浜松基地「エアーパーク」付近地図


(2013年5月上旬 撮影機材 Nikon D5100)
関連ブログ:浜松基地の零戦52型甲
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築城基地航空祭(福岡県)2013 [航空自衛隊]

築城基地
築城基地は福岡県築上郡築上町に所在、昭和17年(1942年)に海軍により築城飛行場として建設される。終戦後、米軍に接収され、昭和32年(1957年)に返還された。現在は航空自衛隊築城基地として第8航空団が配置されている。

平成25年(2013年)10月、築城基地航空祭
最寄駅は築城駅、徒歩数分で基地正門に。正門を入るとすぐに滑走路エプロンが見える。
対潜哨戒機P-3C。
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P-3Cは米ロッキード社製、日本では川崎重工がライセンス生産をしている。昭和53年(1978年)より調達開始、平成9年(1997年)までに101機が海上自衛隊に配備された。

輸送機C-1。
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C-1は戦後初めて開発された国産の中型輸送機、川崎重工が製造を担当している。生産機31機。

第304飛行隊のF-15J、部隊マークの天狗が確認できる。
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部隊マークは福岡県の英彦山に棲む天狗で「天狗の如く山河を超え、鎮西の空を飛翔する」事を意味する。


飛行展示を行う第304飛行隊F-15J。
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F-15は米マクダネル・ダグラス社が開発、三菱重工が航空自衛隊向けにライセンス生産している戦闘機である。昭和56年(1981年)より運用開始、平成11年(1999年)の生産終了まで213機が導入された。第4世代ジェット戦闘機。

第304飛行隊は平成28年(2016年)那覇基地へ移駐、第9航空団に編入された。

UH60J救難機。
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UH60は米シコルスキー・エアクラフトが開発、三菱重工がライセンス生産を行っている。陸上、海上、航空の各自衛隊にて運用されている。

第6飛行隊のF-2A。
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部隊マークは高千穂にまつわる天逆鉾と神武東征神話の弓を表す。

F-2は平成12年(2000年)から配備された三菱重工製の戦闘機である。第4.5世代ジェット戦闘機であり、平成23年(2011年)最終号機の納入まで調達数は94機。

航空祭にはブルーインパルスも参加。
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ブルーインパルスは第4航空団第11飛行隊、現在の運用機は川崎重工製T-4戦技研究仕様機。

築城基地付近地図


(2013年10月下旬 撮影機材 Nikon D5100)
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ブルーインパルス東京上空 [航空自衛隊]

ブルーインパルス東京上空
2020年5月29日午前、娘から携帯にメッセージが入った。本日、東京上空をブルーインパルスが飛行するとの情報を教えてくれた。航空自衛隊のホームページによれば、新型コロナウイルス感染症へ対応中の医療従事者等に対する敬意、感謝を示すためのブルーインパルスによる展示飛行で、時間は12時40分頃より13時頃までという。これを機に撮影自粛を解除することにした。

飛行ルートは東京都区上空、同じルートを2周するらしい。
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撮影場所に選んだのは松戸市の「戸定ヶ丘歴史公園」、下総台地の端、徳川家別邸、コロナ騒ぎで施設は閉鎖中だが公園には入ることができる。江戸川とスカイツリー、葛飾上空を見渡せる場所で待機。

ブルーインパルス編隊、戸定ヶ丘歴史公園上空。         (Adobe Stock my portfolioに掲載)
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旋回して東京上空に向かう。
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スモークを出す編隊6機、編隊から離れてもう1機飛行していた。
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スカイツリーとうまく絡まなかった・・・。
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ブルーインパルス(Blue Impulse)は航空自衛隊の第4航空団飛行群第11飛行隊で、所属は松島基地、広報活動を主な任務とする曲技飛行隊である。現在の使用機材は川崎重工製T-4中等練習機である。

2周目になる松戸上空での旋回。
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スモーク。
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スモークの軌跡を追いながら撮影。
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飛行機好きには楽しいひと時・・、ブルーインパルスの皆様、ご苦労様です。

(撮影機材はNikon Df、撮影データ:500㎜、F8、1/1000、ISO AUTO)
関連ブログ:戸定ヶ丘歴史公園
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百里基地航空祭(茨城県)2016「ファントム」 [航空自衛隊]

百里基地航空祭 2016
平成28年(2016年)11月に開催された百里基地航空祭。

百里基地といえば「F-4EJファントム」、平成28年(2016年)には第301飛行隊が戻ってきて、第302飛行隊、第501飛行隊と3つのF-4飛行隊が揃ったので、いざ航空祭に。

第302飛行隊のF-4EJ改ファントム、部隊マークは尾白鷲(オジロワシ)。
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第302飛行隊は航空自衛隊2番目のF-4EJ飛行隊として昭和49年(1974年)に千歳基地で編成、百里基地には平成21年(2009年)に移動している。
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茨城県小美玉市百里にある航空自衛隊百里基地は、昭和13年(1938年)に発足した旧海軍百里ヶ原航空隊から始まる。戦後は農地として開放されたが、昭和33年(1958年)航空自衛隊百里分屯基地が発足、飛行場完成に伴い、第206飛行隊(F-104)及び第207飛行隊(F-104)が新編され、昭和41年(1966年)に百里基地として発足した。昭和42年(1967年)第7航空団が入間基地から移駐し、対領空侵犯措置任務を開始した。

百里基地は空自で初めてF-4EJを配備、昭和48年(1973年)には第301飛行隊(F-4)が新編され、昭和50年(1975年)偵察航空隊である第501飛行隊(RF-4)が入間基地から移駐、昭和53年(1978年)には第305飛行隊(F-4)が新編され、3つのF-4飛行隊が揃う基地となった。

その後、F-15の導入に伴いF-4飛行隊の移動や機種更新があり、百里基地もF-15飛行隊体制の時期もあったが、平成21年(2009年)に第302飛行隊(F-4)が百里基地に移動し、平成28年(2016年)には第301飛行隊(F-4)が戻ってきて、第501飛行隊(RF-4)と共に再び3つのF-4飛行隊が揃う基地となる。

第301飛行隊のF-4EJ改ファントム、部隊マークはマフラーをした「カエル」。
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第301飛行隊は百里基地で編成された航空自衛隊最初のF-4EJ飛行隊である。部隊マークの「カエル」は、関東の霊峰「筑波山」のガマガエルがモチーフ。「無事にカエル」の願いを込めて・・。

第301飛行隊機であるが、尾翼に第305飛行隊の部隊マーク「梅花」を復刻した機体。
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第305飛行隊は百里基地発祥、茨城県といえば偕楽園の「梅花」・・かな。

第501飛行隊のRF-4Eファントム、部隊マークはウッディー・ウッドペッカー。着陸体制。
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第501飛行隊は日本唯一の戦術偵察機運用部隊であり、航空総隊の直轄部隊である。

天気は生憎の曇り空、上空では主翼が雲で覆われる、撮影中にも雨がポツポツ・・。
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地上展示の第501飛行隊RF-4Eファントム、洋上迷彩の青色塗装。
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偵察機としてのファントムは「RF-4E」と「RF-4EJ」の2機種が運用されている。RF-4Eは非武装であり、戦闘機F-4EJから改修されたRF-4EJは機首に20㎜バルカン砲を残す武装型である。

第302飛行隊のF-4EJ改ファントム、上昇旋回時のアフターバーナー。
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飛行展示を終えて着陸、ドラッグシュート展開、第302飛行隊。
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「F-4EJ」は、米空軍の「F-4E(McDonnell Douglas F-4E Phantom II)」を改造した戦闘機で昭和47年(1972年)に導入、三菱重工によるライセンス生産等により昭和56年(1981年)まで生産が行われた。調達総数は154機、F-4のライセンス生産が許可されたのは日本が唯一である。

F-4EJの機体寿命延長と火器管制システムの近代化、航法、通信能力の向上、搭載ミサイルの近代化、爆撃機能の向上等のため国産機中90機が改修されて「F-4EJ改」となり昭和59年(1984年)から導入された。

「F-4EJ改」主要諸元(航空自衛隊HPより)
全長19.2m、全幅11.7m、全高5.0m、最大速度:マッハ2.2、最大航続距離:約2900㎞
乗員2名、エンジン2基:J79-GE(IHI)-17

第302飛行隊は2019年に三沢基地に移動しF-35Aに機種更新。
第501飛行隊は2020年に運用機材老朽化による退役に伴い廃隊。
第301飛行隊は2020年に三沢基地に移動しF-35Aへ機種更新が行われる。

百里基地付近地図


(2016年11月下旬 撮影機材 Nikon Df )
関連ブログ:筑波山
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